ワインにおけるテロワール(TERROIR)とは、ブドウ畑の環境の総論をさす言葉ととらえていいでしょう。
その土地に関連する土壌や地形の条件に加えて、そこから派生する気象条件等も含まれる言葉です。
元々はフランス語の”大地”の意味の「TERRE テール」がその語源で、ブルゴーニュが起源の概念とされています。
ワインはブドウ果汁をそのまま発酵させることが原則なので、どこで栽培されたかは極めて重要で、その生育環境をまとめて一つの言葉にしたものが”テロワール”なのです。
わずか数メートル離れただけで岩盤と土壌が異なる区画が存在し、これらがブドウに、ひいてはワインに大きな影響を与えている、とされています。
(もっとも、ブルゴーニュでいうテロワールとは、クリマごと、つまりほんの数メートルの距離の違いによってワインに違いが産まれることを指しますが、一般的に言うテロワールはもっと広域の生育環境を指すことがほとんどです。)
ワインファンであれば
「このワインはテロワールを感じる」
という言葉を聞いたことがあるかもしれません。
これはつまり、
「このワインは生育環境がよく表現されている」
という意味なのです。
逆に、現代の栽培醸造技術を総動員して本来のブドウの持つ力よりも多く人的な工程を経たワインは
”テクニカルワイン”
と呼ばれ、テロワールの概念とは真逆のワインとなります。
このように表現すると、どちらかというとテロワールのワインのほうが自然派っぽいし、なんとなく体にもよさそうだということになりがちです。
そのためテロワールという言葉が独り歩きして、実際にはそうでもないワインを
「テロワールの味わいがする」
というキャッチフレーズで売りぬいてしまえという広告もあり、当サイトのユーザー様であれば一応の注意が必要でしょう。
また、狭義の意味でのテロワールの概念は究極的には証明することが難しいため、特にワイン生産者の側に反対意見や懐疑論も根強く、これはこれで様々な意見があって当然でしょう。
テロワールを証明するためには気の遠くなるような長い年月をかけて実証実験が必要で、莫大な費用とサンプルを超売り手市場のブルゴーニュの生産者が積極的に協力するのは現実的ではないのです。
ここはワインファンであれば押さえておきたいところですが、テロワールの概念は現在では多くのワインファンや専門家に受け入れられている一方で懐疑論もあって、しかもその理屈は十分に検討の余地のあるものなのです。
懐疑論のもっとも大きな根拠は、
ブルゴーニュには小さな区画に複数の生産者がいて、土壌が同じなのにもかかわらず出来上がりのワインに差が生まれている。
それであればワインの品質を決定づけるのはテロワールではなく、単に酒造りの旨い下手なのではないか。
というものです。
これはこれで言い返すのは難しいですし、一応の筋は通っているように感じます。
なお、ここで当サイトのスタンスをお伝えすると、テロワールは確実に存在するし、信じるのに十分な経験がワイン界には蓄積されている、と考えています。
しかし、同時にテロワールという言葉がジャーナリストやメディアによって誇張され、言葉が独り歩きしていることもその通りだと考えています。
どのようにお考えになってもいいテーマではありますが、ワインファンであればどのような意見があるべきかは押さえておくべきでしょう。
ここでテロワールの全体像と、いくつかの主要な理論をおさえてみましょう。
ワインにおけるテロワールとは?
なぜブルゴーニュなのか?
テロワールを検討する前に、テロワールの概念の発祥がなぜブルゴーニュなのかを簡単に押さえておきましょう。
ブルゴーニュはぶどう栽培の北限にありますが、通常の農作物の栽培の原則から言えば栽培限界の問題に直面します。
作物の成熟が約束されない栽培限界のエリアでは、異なる品種を栽培し、リスクヘッジをし、ブレンドの妙によって品質を保持すると考えがちです。
しかしこれは先入観であって、実際はブルゴーニュではその真逆の選択が行われたのです。
これは何を意味するのかというと、歴史的にブルゴーニュの生産者には
「ブドウは大地の状況を表す媒介者だ」
というテロワールのもととなる考え方が根本的にあって、複数の品種を使ってブレンドするというのはこの基本原則に外れてしまうのです。
そして選ばれた品種がピノノワールやシャルドネで、これらはブドウそのものには際立った個性はすくなく、逆にテロワールを表現するのに最適だと判断されたのです(そのためニュートラル系品種と呼ばれている)。
テロワールの要素
話がそれてしまいました。ここで、ざっくりとテロワールを構成する要素を見てみましょう。
テロワールは主に土壌、立地(地形や標高)、気象条件がそのファクターとなります。
土壌
土壌はテロワールを検討するうえで最も重要な要素といえます。
ブルゴーニュであれば粘土石灰質土壌、アルザスのランゲンであれば火山灰質土壌(ヴォルカニック)などがありますが、高級ワインであれば重要なのは表層ではなく、その下の部分になります。
ヨーロッパは大昔海だったところもあって、そういった場所では海産物が覆い重なって出来上がった土壌もあります。
これらは古い順に
砂状泥灰岩
ウミユリ石灰岩
プレモー石灰岩
コンブランシアン石灰岩
等がありますが、高級ワインでいうテロワールについて言えば、表層よりもこちらのほうがより需要となります。
フランスワインには”ヴィエイユヴィ―ニュ”という言葉がありますが、これは樹齢が古くなり、根が深く張ったブドウから造られたワインということです。
この言葉が示す通り、高級ワインは特に地中深く根が伸びることで土壌の諸要素を吸い上げると考えられています。
ただし一方で、土壌の質がダイレクトにワインに反映するかといわれると、それには丁寧な説明が必要になってきます。
よく聞かれる質問なのですが、
「シャブリの土壌は火打石灰岩だからワインにも火打石のような香りがある」
「ピュリニーのミネラル感は土壌の影響だろう」
というものです。
これはイメージ通りにはいかず残念ですがはっきりとした回答が出ていて、土中のミネラル物質がそのままワインに反映するということはありません。
例えば鉄分を含む土壌だから鉄っぽいワインができるかというと、そこまで単純な話でもないのです。
土壌の微量元素が触媒となって成長を促進させて芳香物質の生成を促すことはあっても、直接香りを作り出すほどのものではない、とされています。
立地(地形や標高)
立地は、ブドウ畑の場所に始まり、その標高や向き、それに伴う日当たりなどがその要因となります。
特に日当たりはぶどうの生育にとって重要な要素です。
土地の標高が高くなると一般的には冷涼さが増し、その分生育は遅れますが、冷気が斜面の下に流れるため霜の被害が少なくなるというメリットもあります。
一般的に寒暖差が高級ワインには重要視されていて、ある程度の標高だと冷涼さを保ちながら日当たりのいい場所というところもあり、こうなると高級ワインにとっては最高の環境となります。
また、標高が高いと表土が雨風に侵食され下の斜面に流されてしまい、表土下の地層に根がおりやすく、これが高級ワインには最適といわれているのです。
斜面の向きは、ブルゴーニュのような丘が連続する産地ですと日照量や温度に大きな影響をもたらします。
朝に陽の当たる場所と夕方に陽の当たる場所では、朝は冷気がある状態で日照があり、あるいは午後は温度が上昇した中での日照になり、ここに大きな違いがあるのです。
気象条件
気象条件は大きく分けると三つに分類されて、
地域全体のマクロ気候(EXブルゴーニュ全体の気候)
斜面や日当たりで分類できるメゾ気候(EX区画ごと、あるいは数十から数百メートルでの区分)
畑の区分けの内側と外側やブドウとブドウ周辺のミクロ気候
に分類されます。
気象条件で案外見落とされがちなのが、ブドウ畑に吹く風といわれています。
穏やかな風は雨で湿った果実を乾燥させてブドウ畑の衛生を保つという面では優れていますが、受粉を妨げるというデメリットがあります。
逆に強い風が続くとブドウは葉の水分が蒸発してしまうので生育をやめてしまうとされていて、これがなかなか気分屋なのです。
ブドウ品種
(ブドウ品種は今回はさほど重要ではありません。長くなってきましたので、興味のある方以外はこちらで読み飛ばしてください。)
テロワールの根底にある考え方は、ワインの多様性でしょう。
栽培地域には様々な条件があるのだから、出来上がるワインも様々でいいだろうという多様性を認める考えは、テロワールの考えそのものなのです。
その考えで言えば、ブドウ品種に関してはその地域固有の品種のほうがテロワールの考えには合っているし、いわゆるヴァラエタルワインはその真逆にあると考えていいでしょう。
例えば
「Aという島には固有のブドウ品種があって、味わいは個性的で今風ではないけど現地の料理にはよく合うんだ」
というワインと
「Aという島でもメジャー品種に挑戦して現代的な技術を駆使して国際市場に評価されている」
というワインであればやはり前者がテロワールのワインということができます。
この例で行くと、ビジネスとして成功しているのは確実に後者ですが、テロワールという言葉は広告向けのキャッチフレーズとしてはやや矛盾があるといえます。
逆に前者のワインこそテロワールを前面に押し出して”おらが村のワイン”を粘り強く紹介することが重要になってくるのです。
一方で、ブドウ品種によって栽培地域の影響を受けやすいブドウとそうでないブドウがあって、これもテロワールの定義をわかりづらくさせています。
一般的にヴァラエタル品種のなかでもピノノワールは生育環境の影響を受けやすいといわれていて、そのためブルゴーニュ以外の地域や国で
「ピノノワールを使ってテロワールを表現する」
という考え方もあります。
ここまでで、ある程度テロワールの全体像がつかめたと思います。
ではいよいよテロワールにある様々な意見のうち、主だったものを検討してみましょう。
ここからは、ユーザー様のご意見と違う考えもあるかもしれません。
できれば「こういう考え方もあるんだ」というとらえ方をしてくれますようお願いします。
テロワールの概念は煎じ詰めればワイン用のブドウに向く土地か向かない土地か、ということになります。
一般的な意味でのテロワールについてはもちろん結論は出ていて、ワイン用のブドウ栽培に向く土地はこう、向かない土地はこうという理論は確定しています。
このあとでご紹介する反論や再反論は、それよりももっとごく小さな区域のテロワールのことを指していて、ほんの数メートルしか離れていないブドウ畑にそこまでの差があるのか、というものです。
テロワールの概念はブルゴーニュがその起源になっていますので、おのずとごく小さな区画ごとの理屈になってしまいます。
一般的な地域ごとの畑の向き不向きとはやや違うので、予めご了承ください。
テロワールへの批判的な意見
テロワールはワイン界でもおおよそポジティブに受け入れられていて、日本のワインファンの間でも疑いの目を向ける人はほとんどいないかもしれません。
しかし先鋭化されたテロワールの概念は科学的に証明されているものではありませんので、煎じ詰めれば信じるか信じないかはどちらでもかまわないということになります。
ビオディナミの概念同様どうしても感情が入りがちなテーマで、感情論が話をややこしくしている感はぬぐえません。
専門家の中にはテロワールの概念に批判的な意見もありますが、その理屈は必ずしも門前払いするものでもありませんので、検討が必要でしょう。
反対意見の一番は、前述した
「酒造りの上手い下手がテロワールの本質で、それがジャーナリストによってカルト的に取り上げられている」
とするものです。
確かにほんの数メートルしか離れていない畑のワインの価格に数倍の差があるのは、テロワールだけで片づけることはできないし、ジャーナリストの存在によってテロワールという言葉が必要以上にフォーカスされているのもその通りでしょう。
現代の栽培醸造の技術の進化は目覚ましいものがあり、もはやテロワールの概念はワインの品質を決定づける根拠としては古臭いという意見も、実際にワイン造りをして現実と向き合っている人の中にあっても全くの不思議ではありません。
さらに、ブランド化したボルドーのシャトーやシャンパーニュの商標などはテロワールの概念以上にマーケットに浸透していて、これが反対意見を正当化させる根拠となっているのです。
もう一つの反対意見は、同じ畑の異なる生産者のワインを味わっても、テロワールという言葉を確信させるほどの同一性が見いだせない、というものです。
これは特に経験値の高いワインファンであればうなずける人も多いかもしれません。
例えばおなじボンヌマールであってもAとBのドメーヌでは全く個性が違うし、価格も違う。
これがテロワールを懐疑的にみる根拠となってしまうのです。
テロワールへの反論への再反論
テロワールに対して懐疑的な見方をする専門家の多くは、
「最終的に証明できない理屈を受け入れることはできない」
とする理論展開がその骨子となっています。
テロワールを本当に証明しようとすると、ぶどうの根が地下深く伸びるまで数十年を待ち、その後に気の遠くなるような実証実験を繰り返さなければなりません。
通常、ワインの個性が発揮されるのは瓶詰めされてからさらに熟成期間が必要なのですが、そんな悠長な実験をやろうという人はなかなか現れないのです。
また、立証するとなると違うテロワールのブドウを同様の手法で醸造・熟成させなければならず、現実的には不可能といえるでしょう。
そのうえで、テロワールに対する反論への再反論は、おおよそ以下のようなものになります。
再反論の一番は、すでに歴史が示した通り、世界の高級ワインは極めて小さなエリアに集中していて、そのどれもが熟成後はっきりとした個性を持つという圧倒的な経験によるものが多いです。
ピュリニーモンラッシェとシャサーニュモンラッシェは隣接していて、ともに世界極上のワインを産む産地として知られますが、熟成することによって明らかな違いが生まれてきます。
局地的には生産者の酒造りのスタイルも影響しますが、それでもテロワールの存在を否定するほど無関係でもないだろうというものです。
テロワールの概念はある?ない?
いかがでしたでしょうか。
当サイトとしては、やはりテロワールの概念はワインに強く影響するものだと考えてはいますが、証明することができないのであれば、それはやはり願望だったり意見の一つであることはその通りであるとも考えています。
テロワールの概念は一歩間違えるとワインの家柄主義にもつながりかねず、どんどん進化する栽培醸造技術に比べると説得力に欠けると判断する人がいても不思議ではありません。
実際にはテロワールの概念以上にブランド化したボルドーのシャトーやシャンパーニュの商標のほうがマーケットに与えるインパクトは大きく、これはこれで受け入れるべきかもしれません
しかし、テロワールが細部にまで証明されていないとしても、概念がすべて空想と並列にあつかわれるのは経験則を無視しすぎでしょう。
すでに多くの経験値がワインジャーナリストにも、ワインファンにも蓄積されていて、無視できるレベルのものでないことは明らかです。
そしてその多くの結論としては、「テロワールは確実に存在する」という回答でしょう。
世界的にビジネスが画一化に突き進む中、ワインの最大の魅力は今でもその多様性です。
ブルゴーニュの生産者が、ピノノワールとシャルドネを作り続け、どれだけ時代が進化してもテロワールの概念を意味がないものとして切り捨てることはありませんでした。
ここは理屈とかそういう次元のものではないのかもしれません。
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