ロマネサンヴィヴァン(ROMANEE ST-VIVANT)は、ヴォーヌ・ロマネ村にあるグランクリュ(特級畑)の中でも最も面積が大きい畑です。
DRCやルイ・ラトゥールなど11生産者によって分割所有されてワインが生産されています。最大所有者はDRCですので、そのイメージが強いかもしれません。
ロマネサンヴィヴァンの最も大きな特徴として、畑のおおきさと立地の特殊性でしょう。
ヴォ―ヌロマネの村とフラジェエシェゾー村の全てのグランクリュの中で最も低い位置にあって、その最も低い場所はヴォ―ヌロマネ村の市街と接しています。
斜面上部の下層土はウミユリ石灰岩質土壌と考えられていて、斜面下部の下層土は2000万年前から3000万年前に堆積したジュラ紀を起源とする粘土と削られた泥灰が混在しています。
斜面下部のほうは水はけが上部に比べて劣りますので、トップドメーヌは下部のブドウはロマネサンヴィヴァンのキュヴェには外すことが多いです。
↓の立体図の右側はサンヴィヴァンの畑ですが、市街地のすぐ隣に世界に誇る名酒の畑があるとなると、意外な気がする人は多いかもしれません。
斜面の向きは真東で標高は225メートルから260メートル、傾斜はなだらかなでいくつかの岩の壁が畑を横切っていて、これが表土の浸食を防いでいます。
赤ワインのみの生産でブドウはすべてピノノワール。
ヴォ―ヌロマネ村のグランクリュの中ではもっとも女性的でエレガントなワインと評されています。
ワインの造りてによっては専門家でもミュジニーと間違われるほどとされていて、これがロマネサンヴィヴァンとほかのヴォ―ヌロマネ村の特徴の違いといえます。
エレガントさや女性らしさは、デリケートさを感じさせはしますが、同時に長期熟成能力が犠牲になることもあり、その意味ではヴォ―ヌロマネのグランクリュの中では最も早く飲むべきワインといえるでしょう。
AOCとしては1936年から認められていて、その年のヴィンテージからリリースされています。
なお、おそらくほとんどの方は”ずっと昔からDRCがワイン造りをしている”と思われていると思いますが、以前は名家ドメーヌマレモンジュがワイン造りをしていました。
その後にマレモンジュ家は所有区画を1966年にDRCに貸し出し、同ヴィンテージからDRCの生産者名でリリース、1988年にDRCが畑を買い取った経緯があります。
(このモデルから、マイクロネゴシアンの概念は近年に始まったことではないことがわかります。)
指定栽培面積は9.4374ha、年間の平均生産量は3000ケース弱。
主な所有者は
DRC(5.29ha)、ルロワ(0.99ha)、ルイラトゥール(0.76ha)、ポワソ(0.74ha 醸造はアントナンロデ)、デュジャック(0.16ha)
等になっています。
ロマネサンヴィヴァン
わかりづらいグランクリュ
ロマネサンヴィヴァンはヴォ―ヌロマネのグランクリュの中では最もわかりにくい存在でしょう。
ロマネコンティやラターシュ、ラグランドリュのようなモノポールではありませんし、かといって多くの生産者がいるようにも感じません。
結論から言えばロマネサンヴィヴァンは11の所有者がいて、区画が広いため同じロマネサンヴィヴァンでもその中に小区域があるのでわかりづらくなっているのです。
ここでざっくりと検討してみましょう。
16世紀のころのロマネサンヴィヴァンはおおよそこのように分割されていました↑。
等高線が表示されていますが、画面上が北で下が南、左側が斜面上部で右側が下部になります。
見てお分かりのとおり画面右側の斜面下部は市街地に隣接していることがわかります。
これを現在のロマネサンヴィヴァンに合わせてみると、このようになります↑。
まず、画面右のクロワラモー(CROIX RAMEAU)は19世紀初めにほかの畑に比べて質が劣ると考えられて、ロマネサンヴィヴァンから切り離されてしまいました。
もっとも、16世紀の図面を見るとすでに畑は除外されていたようで、このころからすでに畑の質は現在同様に見抜いていたことがわかります。
つぎに、画面下のキャトルジュルノー(QUATRE JOURNAUX 1ジュルノーは3分の1ヘクタールという意味です)という部分は現在はおもにルイラトゥール、デュジャック、シルヴァンカティアール、ラルロが所有しています。
そのためルイラトゥールのラベルにはしっかりとキャトルジュルノー(QUATRE JOURNAUX)の文字があって、特別のキュヴェとして売り出しています。
俯瞰地図をみると、キャトルジュルノーにひときわ目立つ横線の区画がありますが、これがルイラトゥールのロマネサンヴィヴァンです。
つぎに、画面中央のモワタン(MOYTANT)の部分とヌフジュルノー(NEUF JOURNAUX)の部分はここの大地主だったマレモンジュ家が代々所有していて、これを1966年にドメーヌロマネコンティに貸し出しています。
そのためDRCのロマネサンヴィヴァンにはマレモンジュ(MAREY MONGE)の名前がしっかりと記載があります↑。
ところが1988年についにDRCがモンジュ家の畑を買い取ります。
するとすぐにラベルからはマレモンジュの名前は削除。1989年~1991年ヴィンテージは確実にマレモンジュの文言はありません。
ところが、その後なぜかマレモンジュの文言は復活し、現在に至ります。
これがなぜかはわかりませんが、ワインファンとしてはいろいろ詮索したくなるのが人情というものでしょう。
ロマネサンヴィヴァンの話題になった時、話のねたとしては面白いかもしれませんね。
語源
ロマネサンヴィヴァンの畑は長い間クロ・サン・ヴィヴァンとして知られていました。
これはシトー派以前の修道院時代のことで、ヴォ―ヌロマネから西に数キロの場所に合ったサン・ヴィヴァン・ド・ヴェルジ修道院(クリュニー修道院に所属)が所有していたことにちなみます。
実際に畑はサンヴィヴァン修道院長の庭園と中庭を含んでいたとされています。
また、ロマネはその後につけられた接頭語で、ロマネコンティにあやかり単にサンヴィヴァンに追加されているだけ、とされています。
「ロマネ」は、1580年の不動産契約書に”ロマネ”の名前がみつかりますが、ローマ時代からこの名前があったことからロマネと命名されたとされています。
この契約書はクローネンブール家の財務記帳記録によって1651年にみつかり、のちに1760年にコンティ公がここを8万リーブルで買い取り、ロマネコンティとなります。
もっとも、ロマネコンティの名前から拝借したとされるのはロマネサンヴィヴァンだけではなく、なんとラロマネも同様とされています(ラロマネは異議を唱えている)。
ワインの特徴
濃厚な味の中にバランス良くスパイシーさを感じられ、トリュフのアロマが特徴です。
ヴォ―ヌロマネのグランクリュの中ではもっとも女性的で渋みが滑らかで柔らかい口当たりで、その意味ではミュジニーと似ているとされています。
熟成された独特のアロマで、濃厚なルビー色の赤ワインです。
優雅な香りに満ち溢れ、花の香りに加えてベリーの香りが豊か。熟成することで洗練されたミネラルの印象が冴えわたります。
タンニンと果実や酸味のバランスが非常に素晴らしく、口に含むと力強くストレートながらもデリケートさや官能的なボディが感じられ、複雑な味が広がります。
熟成することによるポテンシャルは多く秘めていますが、一般的には他のグランクリュに比べると早めに飲んだほうがいいとされています。
ワインの評価
ロマネ・サンヴィヴァンはヴィンテージやドメーヌによって幅があるものの、どこもブルゴーニュのトップクラスの生産者のため、品質に差があるわけではありません。
価格も5万円台からありますがDRCの平均価格としては20万円前後となります。
栽培面積が広いからか、ロマネコンティやラターシュなどのそうそうたるグランクリュの中では比較的購入しやすい価格の年もあるワインです。
2005年のヴィンテージは、女性的な魅力のあるワインであるロマネ・サンヴィヴァンが、男性的な奥深さを出すワインとなっており驚かれています。
ロマネ・サンヴィヴァンらしさを最も感じられるヴィンテージは1996年と言われており、エレガントながらもスパイシーな刺激もあるワインになっています。
ロマネ・サンヴィヴァンは「少し浮ついたワイン」や「偉大な誘惑者」として表現されており、重厚さがあるのにも関わらずデリケートで官能的さを感じられる魅力的なワインとして愛されています。
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